南風原町の伝統芸能
 
伝統と文化に恵まれた街


ツアーもあるよ! 南風原町の綱曳き(つなひき)!

熱く激しく楽しい夏の夜の祭。

夏から秋にかけて、沖縄では字(あざ)ごとに綱曳きがおこなわれます。「真夜中のケンカ綱曳き」として県外にまで名をとどろかす喜屋武(きゃん)の綱曳きのほか、南風原町内でもたくさんの字で綱曳きがあります。それぞれの地域で伝統とこだわりがあり、旗頭(はたがしら)や踊りが登場したり競技のルールが異なったり、ひとつとして同じ綱曳きはありません。 「那覇の大綱引き」のように観光イベント化されたものとは違って、地域に密着した伝統と情緒を感じられることから、各地域での綱曳き見物への注目が高まっています。

 
宮城の綱曳き
稲の結実を静かに待ち望み、鳴り物を打って豊作を祝う旧6月15日のウマチー綱、次の年の豊年と雨を願う旧6月26日のウファチ(大綱)と、宮城では2回綱曳きが行われます。ウファチでは東西それぞれ勇壮な旗頭が見られます。
 
与那覇の綱曳き
与那覇にとって綱曳きはムラ最大の行事であったそうです。老いも若きも男も女も一心になって行事を盛り上げたのです。現在も綱曳きの夜には「招豊年」「清風」の旗頭がはためき、与那覇に笑顔と活気をもたらします。
 
宮平の綱曳き
戦前の宮平綱曳きは、闇夜に松明がこうこうと輝き、青年たちが熱気をぶつけあう綱曳きであったそうです。現在は2回曳かれる中で東西一勝一敗の引き分けにするようにしています。子ども達のエイサーも行われるなど、新しい雰囲気も魅力的。
 
兼城(かねぐすく)の綱曳き
南風原の綱曳きの中でも異彩を放つ用具である龍蛇「ジャー」。ジャーの口から放たれる聖なる火は、兼城の災いや汚れを焼き清めると云われています。南風原で他に例のない、独特な情景を持つ綱曳きです。
 
喜屋武(きゃん)の綱曳き
旧暦25日・26日で計3回行われる綱曳きがいずれも真剣勝負。決して手を抜かないその姿勢から「命の限り(ヌチカジリ)」の綱と云われる、南風原の喧嘩綱です。綱曳きが大好きなチナムシたちの闘志が、綱曳きの夜を熱くします。
 
照屋の綱曳き
照屋の綱曳きは永い眠りについていました。「青年会が盛り上がれば地域は元気になる!」新生・照屋青年会のみなぎる情熱は、照屋の人々の心を一つにし、2010年見事綱曳きを復活させたのです。今後の発展に目が離せません。
 
本部(もとぶ)の綱曳き
現在は子どもたちが中心となって綱を曳いていますが、かつては大人たちが中心となって綱曳きが行われていました。東の少年が発する「ナードーイ!」の掛け声、一定のリズムで調子を合わせて曳くことなど、隣字の喜屋武と似た特徴を持っています。
 
山川の綱曳き
戦前の山川では毎年新しく綱を作っていましたが、1960年代中ごろから現在に至るまで、子ども綱を行うようになったといいます。昔は東が勝てば「ユガフー(果報世)」、西が勝てば「ガシドシ(飢饉)」になるといい、なかなかストイックな綱曳きであったようです。
 
津嘉山(つかざん)の綱曳き
南風原で最も大きい字である津嘉山。伝承によれば600年の歴史を持ち、琉球王国から下賜された由緒ある旗頭など、歴史と伝統に彩られた綱曳きなのです。また、十数年に一度行われる大綱曳き(ウーンナ)も区民の誇りとなっています。
 
南風原町綱曳きツアー
南風原町観光協会では、同じ日におこなわれる3~4カ所の綱曳きをバスで移動しながら順番にめぐって楽しむツアーを実施しています。ツアー参加者同士で仲良く交流しながら、ガイドの説明を聞いたり地元名物のかぼちゃそばをいただいたり、通常の観光ツアーとは違う内容の濃い1日となるはずです。
 
 
 
ここで観られます。

毎年8月上旬ごろに「南風原町内 字綱曳きツアー」を予定しています。予約制なので事前にお申し込みください。くわしくは南風原町観光協会(電話:098-851-7273)にお問い合わせください。

 

南風原町内で見られるエイサー

各青年会ごとに異なる踊りに注目!

沖縄県内のさまざまな地域で見られるエイサーですが、南風原町内でも見ることができます。各青年会が地域おこしのために新しい形として復活させたり、また、新たに取り入れ現在にいたります。
若い青年たちの地域にたいする想いをエイサーを通して見ることができます。

 
津嘉山青年会
津嘉山には昔から伝わる「庭念仏」というエイサー歌がありましたが、1918年(大正7年)ごろから踊られなくなりました。しかし1984年(昭和59年)、青年が中心となる行事をつくろうということで旧与那城町(現:うるま市)屋慶名からエイサーを習い、今にいたります。大きな動きや声の大きさ、列の美しさが見どころです。
 
新川青年会
活動を休止していた新川青年会では、2006年(平成18年)に再結成しましtた。青年会活動の中にエイサーを取り入れたのは、その3年後の2009年(平成21年)からで、八重瀬町新城青年会に指導を仰ぎました。新しい新川のエイサーを後世へ引き継ぐため、青年会の組織固めをおこなっています。
 
神里青年会
神里のエイサーは、1985年(昭和60年)に旧玉城村(現:南城市)奥武に指導を受けて始まりました。独自の曲を取り入れ、自分たちで振り付けを加え受け継いででいます。
旗頭を先頭に大太鼓・パーランクー(手持ちの片張り太鼓)・女踊り・チョンダラー(道化役)で構成されています。
ここで観られます。

旧盆では最終日の霊送り(ウークイ)を中心に、エイサーが地元の路地を練り歩く「道ジュネー」がおこなわれます。/地元での祭りやイベントに登場するほか、隔年11月上旬の「南風原青年フェスタ」では各青年会のエイサーが揃い踏みします。/青年会によって異なりますが、沖縄全島エイサーまつり(沖縄市・毎年8月ごろ)、一万人のエイサー踊り隊(那覇市・毎年8月ごろ)、青年ふるさとエイサー祭り(那覇市・毎年9月ごろ)などでも観られることがあります。

 

歴史に彩られた豊かな伝統芸能

南風原町には、伝統文化が数多く残されています。現在でも地元の有志や団体が伝統を受け継いで、町内の祭りなどで実演されています。とくに下記の芸能は無形民俗文化財に指定されています。

 
舞方棒(メーカタボー)
舞台や祭事などの場における清めの開幕舞踊で、力強い棒の舞いによって疫病・災害・悪霊を払う意味があります。南風原町では、宮城・兼城・喜屋武・照屋・津嘉山・神里の各字(あざ)で受け継がれており、それぞれに振り付けなどに違いがあります。
ここで観られます。
地元での祭りやイベントに登場するほか、隔年の11月上旬にある「南風原青年フェスタ」でも観ることができます。
 
獅子舞
沖縄に古くから伝わる芸能で、各字によって、型や獅子頭などに違いがあります。南風原町の宮平・本部・喜屋武の獅子舞は、無形民俗文化財に指定されています。
ここで観られます。
地元での祭りやイベントに登場するほか、隔年の11月上旬にある「南風原青年フェスタ」でも観ることができます。
 
揚竹田(アギチクテン)
南風原町に伝わる二人打組の代表的な二才(ニーセー)踊で、とくに兼城の揚竹田は無形民俗文化財となっています。「御冠船踊」として八月十五夜の村あそびにおいて伝承されてきた、動きが力強く大らかな踊りです。
ここで観られます。
地元での祭りやイベントに登場するほか、隔年の11月上旬にある「南風原青年フェスタ」でも観ることができます。
 
長者の大主(ウフシュ)
八月十五夜の祭りなどで演じられる祝賀の芸能で、福禄寿の三徳を兼備した長者が五穀豊穣と村の繁栄を祈願し、子孫たちの芸能を披露して神をもてなすものです。南風原町では喜屋武(きゃん)で受け継がれています。
 
綛掛(カシカキ)
戦後、二曲組で演じられるようになった「綛掛」のなかで、南風原町宮平の「綛掛」は三曲三部仕立てとなっており、古典女踊りの伝統的な型を保持している貴重な芸能。