沖縄戦と平和を生ぶ旅


沖縄陸軍病院 南風原壕群20号とは

戦争遺跡文化財指定 全国第1号

南風原町には黄金森(こがねもり)とよばれる小高い森があります。日本軍は沖縄戦に備え、黄金森に沖縄陸軍病院壕群を構築しました。院長以下、軍医・看護婦・衛生兵・ひめゆり学徒らがここで傷病兵の治療に当たりました。
南風原町は沖縄戦の記憶を伝えるために、1990年に沖縄陸軍病院南風原壕群を文化財に指定し、2007年6月に一般公開にいたりました。第二次世界大戦の戦争遺跡を文化財に指定したのは、日本全国で初めてのことでした。

 
薬や麻酔が不足したなかで傷病兵を治療

沖縄戦が始まると数千名の傷病兵が運び込まれましたが、医療設備や薬がとぼしいなか、満足な治療はできませんでした。麻酔のないままの手術や手足の切断なども日常的におこなわれました。
やがて米軍の侵攻が進むなかで、沖縄陸軍病院は南部へと撤退することになりました。連れていけない重症患者は、青酸カリによる自決を強要されるなど、多くが悲惨な最期をむかえます。
(※左の写真は、南風原文化センターの展示模型)

 
南風原文化センターとともに平和学習に最適

2007年、黄金森の陸軍病院壕群のなかでも保存状態が良好であった20号壕の一般公開が始まりました。

南風原文化センターでは、沖縄陸軍病院の様子を再現した模型や、壕内から出てきた薬品・日用品や武器弾薬、生き残った体験者の証言などが展示されています。
暗くて狭い壕内に入り、傷病兵が収容された状況を追体験できます。

 

沖縄陸軍病院跡と周辺施設

入口と壕管理人室(入壕受付)

20号壕をはじめとする黄金森の壕群は、南風原町の文化財に指定されています。壕の保全のため、入壕のさいには平和ガイドが案内しますので、事前予約が必要です。入壕のさいには壕管理人室において料金の支払いや、ヘルメットや懐中電灯の貸出をおこなっています。

 
壕の中に入る

壕の中は暗くて湿っています。天井が低く、とても狭い空間です。こんな息苦しくて不衛生な場所に、大量の傷病兵や軍医・看護婦・衛生兵などがつめこまれていたのです。沖縄戦の実相を垣間見ることができます。

 
残された弾薬や医薬品
壕周辺や壕内から発見された遺物が一部展示されています。

埋められていた医薬品のビンなど。

 
爆弾の破片
 
焼けた坑木。米軍が火炎放射器で攻撃したと思われます。
 
周辺の施設
南風原町の陸軍病院跡の周辺には、戦争遺跡のほか、戦後に建てられた記念碑などがあります。

黄金森からは、那覇・南風原の街並みが眼下に広がります。

 
内部公開されていない24号壕の入り口周辺。
 
当時の病院職員や患者・遺族が建立した歌碑。

「鎮魂と平和の鐘」

 
「憲法九条の碑」
 
「悲風の丘」塔
 
飯上げの道

沖縄陸軍病院では、ふもとにある炊事場で調理をおこないました。炊き上がった飯や汁をタルにつめ、二人一組で担いで丘の上まで駆け上がるのですが、このルートは米軍の標的とされて激しい銃撃・砲撃を受けました。ここで命を失った「ひめゆり学徒」もいます。
危険をくぐり抜け食料を運んで命をつないだ道は「飯上げの道」として残されています。

 

おすすめの学習コース



【約1~3時間】南風原文化センター、【約20分】飯上げの道・「悲風の丘」塔、【約5分】歌碑 鎮魂と平和の鐘 憲法九条の碑、【約5分】沖縄陸軍病院 24号壕 入り口周辺、【約20分】沖縄陸軍病院 20号壕 内部、【約5分】見学終了・野球場横の駐車場へ

まず南風原文化センターでDVDの解説(約20分間)や展示品を見学することをおすすめします。基本的な知識を得た上で20号壕の中に入れば、より深い追体験ができて充実した平和学習になることでしょう。


 

見学するときの注意事項

  • 20号壕は平和学習の場であると同時に、南風原町の文化財として保護されています。 壕内の劣化抑制のため、1回に入る人数を10人以内としていますので、ご了承ください。また、時間に限りがございますので、事前に10人のグループ編成をお願いします。
  • 飯上げの道は、車イスでの通行ができませんので、ご了承ください。
  • 雨降りの後は、壕周辺がたいへん滑りやすくなっています。壕内には水たまりやぬかるみの激しい箇所がございますので、壕見学のさいには歩き慣れた靴または汚れてよい靴。服装でお越しくださいますよう、ご協力お願いします。

 

沖縄陸軍病院20号壕を見学するには

20号壕の中に入るには、事前に予約をお願いします。 お申し込みは南風原文化センター(電話:098-889-7399)へ。
 →見学申し込みについて、くわしくは南風原町のホームページをご覧ください。
 →見学申し込み申請書ダウンロード(PDFファイル)

見学料