審査員による講評 ”金城哲夫のふるさと 沖縄・南風原町脚本賞
真喜屋 力(審査委員長)
「星空の秘密」が受賞した最大の要因は、登場人物の魅力と、舞台ならではの奇想天外な構成にあります。この人たちに会ってみたい、こんな展開を舞台で観たい。そんな魅力がきちんと描きこまれている。傑作というのはそういった要素の中に、きちんとテーマが仕込まれている時に生まれるものだと思います。
逆にいうと、惜しくも落選した作品の多くは、思いついた物語の仕掛けやトリック、あるいはテーマ的なセリフを発するのに一生懸命で、登場人物がただの道具のようにしか見えない作品が、意外と多かったと言えるでしょう。
登場人物を描き込めれば、観客は彼らに感情移入するので、ちょっとした喜怒哀楽でも、いっしょに心を揺さぶられることになります。また「星空の秘密」のように、途中から全く別のジャンルに変わってしまう急展開でも、登場人物のその場その場の反応が一貫していれば、驚きはしても違和感は感じないものなのです。と、そんな物語作りのセオリーを改めて確認できました。
とはいえ「星空の秘密」にも大きな欠点はあります。それは土地勘のないことがバレバレの無理のある設定です。しかし、物語の主要な要因ではなく、舞台化する上での改変を前提にすれば無視できる範囲ではありました。
同様に落選作品の中には、歴史的考証ができていない作品も多く、そういった作品はテーマは良くても、まちがった文化を後世に残すことになるため、選ぶ側としても用心せずにいられません。歴史を扱う場合は「鉄ぬ世」のような、どこか異世界の物語になっていることも、違和感なく見せるには重要な方法論かもしれません。
今年は36作品と、前年をはるかに上回る応募作が集まり、選びがいのある年でした。来年以降もチャレンジ精神のある素晴らしい作品が、より多く集まることを期待しております。
富田 めぐみ(審査委員)
幼い頃に熱狂したウルトラマンの作者である金城哲夫の名を冠した脚本賞の審査員を仰せつかり、嬉しいのと同時に身の引き締まる思いでした。金城哲夫作品は、豊かな大衆性で人気を博しましたが、根底には愛、友情、人間の愚かさ、自然との関係・・・など深いテーマが忍んでいます。子ども向けのエンターテイメントという枠におさまらない作品だったからこそ、多くの人々に愛され長く心に残っているのでしょう。金城哲夫の功績を讃え、彼に続くクリエイターを発掘し育てることが本賞の目的です。彼が挑み続けた「深く人間を描きながら、エンターテイメントとして楽しめる」そんな目線を核にして選考に臨みました。
応募作全体や入賞作については他の審査員も触れているかと思うので、私は特に印象に残った作品「妖火日(ようかびー)」について書くことにします。近未来のどこかの島という設定になっていますが、今の沖縄を表していることは明白です。少々風刺が効きすぎてるところもありますが、様々な困難を笑いに昇華し表現してきた沖縄らしさに溢れています。読んでいると、舞台の大先輩から聞いた話を思い出しました。
戦時中はウチナー口を使う事が制限され、戦意高揚へつながるような芝居を強要されていたそうです。しかし、そんな中でも人々が求めるものを舞台人は届け続けました。慣れない日本語台本を書き、厳しい検閲にもめげず、上演中に監視役が抜き打ちで来ると、「マヤー(猫)が来た!」と誰かが舞台に知らせて踊りに切り替え、いなくなると再び芝居を上演する。そんなことを繰り返していたのだそうです。苦しい生活の中で、人々は芝居を欲し、舞台人たちも命がけで舞台に立っていたのです。芝居は人々の暮らしになくてはならないもので、心の支えとなっていました。
のど越しのよいものが好まれる昨今、舞台や映像の世界でも難しい話題は避けられ、わかりやすいものが量産される傾向にあります。消費されていくだけのエンターテイメントが溢れる中、「妖火日」をはじめとして、ユーモアに包まれた骨太の作品を書く意思と術を持った劇作家がいることに大いに感銘を受けました。一見豊かに見える現代ですが、満たされない心を持つ人々は少なくないと思います。今に生きる人に寄り添い、励まし、鼓舞するような芝居を届けていく使命が私たちにはあります。そしてそれを実現できる才能が放つ光を、本賞を通して確かに感じることができました。
嘉数 道彦(審査委員)
観客や視聴者を圧倒するほどのパワー溢れる作品の中に、弱者の視点や様々な問題提起が盛り込まれた魅力的な金城哲夫作品。そんな作者にあやかって、出身地・南風原の地から、新たな戯曲を誕生させようという画期的な企画に携わることができ、私自身、多くの作品に出会うことが出来ました。ありがとうございました。
作者自身の内に秘めたテーマを、どのように観客席へ伝えるか、それは決して容易なことではありません。今回、あらためて、感じさせられました。読み物としてではなく、生身の人間が演じ上げ、観客席と共に感動を創り上げることは、戯曲の完成後、様々な力を得た上で、舞台へ上げられることになります。金城哲夫という作者は、テレビドラマ、沖縄芝居、演劇など各ジャンルの特性を熟知した上で、実に様々な脚本を手掛けており、それがいずれの場においても功を奏したといえると思います。今回は、舞台での上演という前提のもと、審査を進めましたが、舞台作品としてではなく、映画やテレビドラマとして具現化すれば、大変素敵な作品に仕上がるであろうと感じる作品も多くありました。
「星空の秘密」は、自然とストーリーに惹きこまれていく強さを持ち合わせた作品でした。それは単純なようですが、大胆・斬新ということ以上に、実際はかなり難しいことかもしれません。二人の中学生を軸に、沖縄の過去、歴史を扱いつつ、重くなりがちな内容もそう感じさせることなく、主要な登場人物、個性豊かな人物を、県外出身として複数おくことも、物語を膨らまし、幅広い観客層に受け入れやすい設定となっていると思います。南風原、沖縄から発信する一作品として、沖縄の風土、文化をさらに良い形で取り入れ、工夫を重ね、舞台化されることを望みます。
沖縄の様々な地域性、多様な文化の要素を踏まえた上で、随所にその面白さをユーモアたっぷりに散りばめつつ描いた「妖化火」。個性的な着眼点の面白さを残しつつ、舞台化にあたっては、演出的な視点を交えて構成を含め練り直しを図ることで、新たな沖縄芝居の可能性を見出す演劇になると感じました。
タイムスリップ、過去と現代の行き来という設定は、今回他の作品にも多く見られましたが、「鉄の世」では、石器時代という時代設定、軸となるキジムナーの存在、その描かれ方が秀逸だと感じました。テレビや映画等の視覚的な演出手法でなく、舞台演劇としての表現に焦点をあて、今一度ブラッシュアップすることでより作品の完成度が増すのではと思います。
戯曲を書きあげるという大変地道で、かつ孤独との戦いを重ね、金城哲夫は多くの人々に夢と希望を与えてきました。生みの苦しみは、やがて夢と希望を観客に与えることの出来る、この上ない素敵な喜びに変わります。入賞作品に限らず、今回応募くださった作品が、作者自身の思いや信念を決して曲げることのない範囲で、多様な角度からの見直し、練り直しを重ね、多くの観客の共感と感動を呼ぶ戯曲として、今後上演されていくことを希望致します。
新垣 敏(審査委員)
全国からの応募で創造性にとんだ脚本が30本以上もあり驚きです。読む度にくすぐられ掻き立てられる感性、ほとんどが演ずる役者の負担を抜きに自由に書かれたのだろうと想像します。
タイムスリップもの、オキナワと沖縄、ガマといくさ、チャンプルークラシックストーリー、内面に潜む真実と偽り描写、ミステリアスとユーモア、定番のキジムナーもついにスマホSNSを使うまでになったのかと。
時空と登場人物設定、起承転結などの概念にとらわれず繰り出されるセリフの宝石箱の中から隠し味を創造しながら、最後の作品を選ぶことの難しさ。正直、選考委員として今回も眠れない夜が続きました。
大賞の「星空の秘密」、関西弁のセリフ仕立てドタバタ展開にとまどいながらもセピア色した沖縄海洋博時代の風景を思い出しながら読ませてもらいました。南風原のうみんちゅ具志堅星人、九州で事業主(ぬし)をしている地元(沖縄)の有力者、壺ヒーロー「ウフアミー」など奇想天外キャラと仮想現実がチャンプルーになり、重くなり過ぎない沖縄戦のシコリを垣間見た印象です。脚本のスリム化は否めないが逆にキャラを前面に舞台化してみると楽しめる作品なのではないでしょうか。
「鉄ぬ世」は、大昔を行き来するタイムスリップもの。過去と近世、単なる塊としての鉄の対局にある時代の塊、ふたつの自分、揺るがないマブイ、鉄が人を支配するのか、人の心が悪の道具に変えるのか、「繋がる」ことに意味合いを持たせた作品だと思う。最終選考に残った作品のひとつとして舞台化を期待します。
「妖火日」老人介護施設を背景にウチナーの歴史や社会的政治的背景をも描写させ読み手に一石投じるテーマ性のある作品かと思います。スーヤヌパーパー、ウンタマギルー、アンダケーボージャーはなつかしいですね。
「心霊ツアーIN沖縄」観光目的だけではなくパワースポット目当てに沖縄を訪れる多くの方がいますが、悲しい歴史が染みこんだこの土地を知り、実際にウタキやグスク、ガマの空気や匂い、訴えを感じたあとで読み直すと、より作品の深いテーマがみえてくるのかと思います。
最後になりましたが、応募して下さったすべての皆様には、敬意と感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。
親泊 賢次(審査委員)
大賞そして佳作を受賞された3作品はどれも魅力的な作品です。心から沢山の人に観劇して欲しいと思える旨を重点に置きながら選考させていただきました。それぞれに自評を述べたいと思います。
大賞受賞作品「星空の秘密」
魅力的な登場人物や設定の上手さ、的確なト書き。拝読中はまるで上演中の舞台を観劇しているようで役者の表情や声まで聞こえてくるようでした。とても良い脚本で構成力の確かさやセンスの良さを感じます。
14歳の少女がある少年との出会いをきっかけに成長していく姿を三世代に渡る家族関係を絡めながら優しく丁寧にユーモアを交えながら描いています。
過去から学び目先の事象だけに囚われず前向きに生きる為に大切なモノは何なのか。
作品に落とし込まれたテーマやプロット自体が、故・金城哲夫氏への愛情溢れるオマージュになっていることも感慨深く感じました。沢山の人々に観て欲しい作品です。
佳作受賞作品「妖火日」
笑いあり、涙あり、風刺ありと今回の公募作品の中で突出して沖縄らしさが満載で本当の沖縄の時間が流れていると感じさせてくれる良く出来た脚本です。ほとんどの会話が沖縄の島言葉である沖縄口で語られていることに作者の熱い思い、今の時代においてこの作品の存在意義を強く感じます。琉球から大和世、アメリカ世から日本復帰と幾つもの世を生き抜いてきた先人達の逞しさや優しさ、ユーモアに満ちた精神の尊さやそれを受け継いでいくことの大切さを思い出させてくれる作品です。説明的な台詞や描写が少し気になるので人間の持つ躍動感や生々しさを生かせるエピソードを盛り込めたら対比が効いて更に良くなると思います。
佳作受賞作品「鉄(くるがに)の世」
この島に産まれ生きていることの意義、国家と個人の関係性、現実を歪んだ世界へと変えてしまう戦争そして愛。長く世界中で描かれ続けている普遍的なテーマであるにもかかわらず沖縄が舞台である事でそのテーマは更に深みを増し鮮烈な印象と感動を与えてくれる作品になっています。プロットに仕込まれたシンプルで骨太なテーマ、その力に翻弄されながら生き抜く主人公達の姿は現実世界の理りのなかで翻弄されながら生きている私達そのものだからでしょう。
舞台脚本としては洗練さが足りない部分も感じますがそれさえも世界観を構築する手段としてあるのでは?と感じるほど戯曲作品としての魅力が充分にあり、たくさんの可能性に満ちた作品だと思います。